宮崎医科大学外科学第二講座
荒木賢二
初診から術後外来フォローまでの情報をコンピュータ上でデータベース化し,一元管理する.サマリーは患者の経過に沿って次のようなものがある.
・入院前サマリー
・入院時サマリー
・術前サマリー
・術後サマリー
・入院後(術後)経過(週間サマリー)
・退院時サマリー
・退院後経過(予後調査)
これらのサマリーは本来別個に存在するものではなく,患者の経過に沿ってデータを加えていくだけのことである.例えば,術前サマリーに手術と術後経過を加えれば退院時サマリーとなる.紙上ではいちいち書き直さなければならないこれらのサマリーもダイナミックサマリーではデータの追加を行うだけである.ダイナミックとは,時系列的にサマリーが変化し,常に最新のサマリーが存在するという意味である.
単なるデータの時系列表示との違いは,現時点でのより詳細でまとまりのあるデータ表示であり,アセスメントを含んでいるということである.すなわち,リアルタイム性とデータの付加価値という,本来相反する二つの特徴をネットワークコンピューティングにより実現させようとするものである.
2. ダイナミックサマリーの利点
2.1.電子カルテの中核としてのダイナミックサマリー
オーダーエントリシステムから電子カルテシステムへ進化するにあたって,最も注目したいのがサマリーの電子化である.中小病院の外来診療とは大きく異なり,大学病院クラスの入院患者診療では,電子サマリーが電子カルテシステムの中核と位置付けられ,業務の効率化と高機能化に大きく貢献すると考えられる.すなわち,院内はもとより院外の施設との患者データ交換の基本データベースであり,また,主治医の病態把握,オーダリング,ディスカッション(コンサルテーション)のよりどころとなる.単なる退院時サマリーでは,退院直前(通常は退院後?)にならないと完成しないため,中核となることはあり得ない.
2.2.データ一元管理による情報アクセス,処理の効率化,高機能化
医療の高度化に伴い,情報量も過剰気味となり患者の把握が難しくなる.ダイナミックサマリーによりデータを一元管理することにより,「これを見れば患者のすべてが分かる」といった情報アクセスの効率化が図れ,主治医以外の医療従事者にとっても極めて便利である.他にも次のような利点がある.
・紹介状やコンサルテーションへのデータの流用が容易であり,業務の効率化が図れる.
・ネットワーク上でサマリーの参照が可能であり,カルテの物理的移動が不要となり,どこからでも患者の最新情報が見れる.
・カルテ貸し出し中のデータ参照や紛失時のバックアップとなる.
・術前カンファレンスに使用することにより,プレゼンテーションのレベルアップと時間の短縮につながる.
・回診時のプレゼンテーションにも応用でき,回診の効率化につながる.
・データベース化された情報は統計処理などの学術的応用が可能である.
・データベースに数式を設定することができ,計算が必要な項目には便利である.
・各科各疾患固有のデータベース(胃癌取り扱い規約など)をダイナミックサマリーに加えることにより,データベース入力が退院前に行われる.
2.3.診療業務の効率化,高機能化
ダイナミックサマリーを採用することにより,以下に挙げるごとく,サマリー作成だけでなく,日常の診療業務の効率化が図られる.
・コピー&ペーストやデータ自動入力により,病歴を何度も書いたりデータを書き写すといったデータ入力の手間が大幅に簡略化出来る.
・退院直前や退院後にあわててサマリーを書く必要がない.ダイナミックサマリーでは退院前に少し手を加えるだけで,完全な退院時サマリーが完成する.
・サマリーテンプレートを使用した場合,データベースの項目が患者情報収集のチェックリストとなり,聞き逃し,診察漏れ,検査漏れの予防となる.また,データベース化することによりサマリーの記載漏れがなくなる.
この様なサマリーシステムが積極的に運用されれば,紙のカルテを規則上残す必要があっても,事実上陳腐化できる.(事実上のペーパーレス)
3. ダイナミックサマリーの構成
電子化サマリーは施設間の患者データ交換を一つの大きな目的としているので,その形態は基本的にはMML(Medical Markup Language)に則ったデータベースである.しかし,入力する項目までを規定した完全なデータベースにするのは事実上不可能であり,フリーテキストとデータベースの両者の利点を生かした構成にしなければならない.また,リアルタイム性を維持するためには,主治医のきめ細かい入力を期待してはいけない.可能な限りネットワーク機能を生かし,自動化する.
3.1.データベース部
・基本情報
名前,病名,転帰(予後調査)などの固定化されたデータベース.ほとんどが他のシステムからの取り込みで,新たに入力する部分は少ない.行政の諸統計の資料となる部分であり,入力は強制される.
・ユーザ固有の疾患データベース
各診療科は疾患や術式別に台帳と呼ばれる固有のデータベースを作っている.例として,外科が用いている癌取り扱い規約などが挙げられる.ユーザ固有のものであるが,内容の一部は学会の記述規定に則っており,学術的価値は極めて大きい.サマリーの電子化にあたっては当然これらも統合されるべきである.
3.2.テキスト中心のデータ部
フリーのテキストにデータベースとしてのタグを付けた構造である.ユーザによって記載方法が大幅に異なるので,自由度の高い構造とする必要があるが,記載のガイドラインのようなものを準備し,運用面である程度の統一性を図りたい.次のような内容が含まれる.
・病歴,既往歴,家族歴,理学所見,入院時プロブレムリストなどの入院時所見
これらはほぼ全ての入院患者に共通であるので,比較的データベース化し易く,入力の効率化を図ることが可能である.
・検査所見
入院時検査所見のサマリー作成は,血液検査などの数値データと検査報告書(画像,病理検査,心カテetc.)に大別される.前者は疾患ごとにテンプレートを作成し,自動的に取り込むことが可能と考えられる.後者に対しては,後述するサマリー付き報告書を導入する.
・入院後経過(週間サマリー)
常に最新のサマリーが参照できるダイナミックサマリーとしては,入院後経過は週間サマリーという形で記載するのが最も実用的である.退院時にまとめて記載するのではダイナミックとならない.記載はプロブレムごとに行うのが望ましい.また,後述する時系列POSをダイナミックサマリーのサブシステムとして導入することにより,飛躍的にリアルタイム性が向上し,週間サマリー作成の効率化を図ることが可能である.週間サマリーを主治医が確実に作成してくれるかが,ダイナミックサマリー実現のキーとなるため,週間サマリー作成の効率化は重要である.
・手術などの治療サマリー
operative noteの電子化は当然行うべきである.operative noteに手術内容を簡潔に記載する欄をもうけ,リアルタイムにサマリーを作成する(サマリー付き報告書).これをダイナミックサマリーにコピー&ペーストする.癌の化学療法や狭心症のPTCAなどの入院目的となる大きな治療は,operative noteに相当する専用のnoteを作り,同時にサマリー作成も行っておく.
・退院時所見,退院後の治療方針
退院時のプロブレムリストと考えて良い.最終的な考察を重点的に記載する.ダイナミックサマリーでは既に経過のほとんどがまとめられているため,入力は簡便である.また,これらは外来や紹介先への申し送りと考えられる.実地臨床では申し送りの不備によるトラブルが頻発しているため(特に大学病院),電子化することにより参照が容易となり,業務の効率化と高機能化に大きく貢献する.
・退院後経過
外来からもダイナミックサマリーに入力可能としておくのは,ダイナミックサマリーの目的からして当然である.退院後の大きな変化(疾患の経過や合併症の発生)をプロブレムリストの形で記載する.
・インフォームドコンセントサマリー
インフォームドコンセントの電子化が進めば,これらをサマリーに組み込むのは簡単で有用.単に同意書を得るという狭義のムンテラから,患者教育のための簡潔な資料も含めた広い捉え方をすべきである.
3.3 関連データ
サマリーの最後には,論文の参考文献にあたる医学情報のURLを付け加えておくと便利である.
4. ダイナミックサマリーに必要な機能
ダイナミックサマリーは基本的には全体が標準規格(MML)に沿ったデータベースであり,一般のデータベースと同様に項目に内容をキーボードから入力すればよいのであるが,これだけでは業務の効率化にはつながらず,ユーザの協力は得られない.従って,リアルタイム性も維持できない.よって,可能な限り入力の簡便化のための様々な機能を付加する.結果的に作成されたサマリーは保存時にはそのまま保存されるものとMMLに変換されて保存されるものの2通りが必要である.
付加する機能には以下が挙げられる.
・アウトライン機能
見たいところにすばやく到達するため,サマリーの目次を表示し,必要な部分のみを広げて見る.
・各科,各疾患ごとのサマリーテンプレートの作成
機能ではないが効率よいサマリー作成には必須.全国レベルでテンプレートの参照が出来れば,自分たちのテンプレートの作成に大いに役立つ.
・マクロ機能
医学的常識がサマリーの入力に反映されれば便利である.例えば,主病名,性別,術式などから,それに合ったサマリー入力用のテンプレートが自動的に選択されるといった機能や,参照するのが患者であれば難解な医学用語が分かり易い用語に置き換えられる機能である.
・データの自動入力機能
コンピュータのデータベース参照機能を最大限に活用し,サマリーへのデータの自動入力機能を実現させる.この機能があることにより,ユーザは便利さを実感できる.検査項目を定義しておくと自動的にデータが入力される仕組みとする.具体的には次の3つの方法が考えられ,いずれも有用である.
方法1:伝票からのコピー&ペースト
ある伝票を開き,検査項目を指定し,サマリーの自由な位置にコピー&ペーストできる.未来の伝票からもアクディブコピー&ペーストできれば,データの自動入力になる.
方法2:中間ファイルを作り,アクディブコピー&ペースト
検査項目,検索期間(指定がなければ今回入院期間),検索条件(期間内最大値,最小値,最新値,最古値,平均etc.)を入力するテーブル(中間ファイル)を提供し,自動的に(定期的に)データベースを検索し,検索結果(検査日と値)を表示させる.この検索結果をサマリーの自由な位置にアクディブコピー&ペーストする.テーブルの検索結果は定期的に更新され,それに伴いサマリー上の値も更新される(アクティブ機能).
方法3:検索コマンドをサマリーの自由な位置に書き込める(マクロの一種)
検査項目,検索期間(指定がなければ今回入院期間),検索条件(期間内最大値,最小値,最新値,最古値,平均etc.)を指定できる検索コマンドをサマリーの自由な位置に書き込め,検索結果を返す.更新は定期的もしくはユーザが更新をかけたときに行う.データの自動更新機能は退院時には切れるように配慮すべきである.
・数値データからの自動計算機能
ユーザが項目に対し数式を定義すれば結果を表示.
・サマリー付き報告書とサマリー転載機能
サマリー作成業務で最も手間がかかるのは,画像などのデータのサマリーをスケッチ付で転載することである.もし,代表的な放射線画像(CT,MRI,DSA,etc.)などの所見を各部門から入力する際に,詳細な所見とは別個にサマリー用の要点のみの記録と代表的な画像を電子カルテに入力しておけば(サマリー付き報告書),オーダー簿から項目を選び,サマリー転載コマンドを実行するだけで簡単に所見が画像付でコピー&ペーストされる.サマリーテンプレートを用い,自動的にサマリーを添付することも可能である.もちろんペーストされた記録を主治医が書き変えるのは自由であり,主治医の意見は反映されるべきである.
図.サマリー付き報告書
・時系列POS
スプレッドシートに数値データ(カテゴリカルな数値でもよい)を表示する.項目を問題点ごとに分類しておけば,POSの SOAPのうち,SとOに関しては時系列表示となる.これに,自動入力機能を最大限付加しリアルタイム性を持たせ,時系列POSとする. SOAPのうちAとPに関しては,テキスト中心であるのでスプレッドシートにはなじまず,週間サマリーとして入力する.時系列POSは,週間サマリーの作成に役立つだけでなく,サマリーではないがリアルタイムな病態把握にはきわめて有用であり,リアルタイム性とデータの付加価値性というダイナミックサマリーの基本理念に合致する.
図.時系列POS
・画像データと入力の効率化
参照画像と所見を簡単にコピーして張り付けられ,参照画像から簡単に元画像に飛べるハイパーテキスト機能は,MMLとしては必須である.また,身体,臓器,代表的放射線画像などのクリップアート集を電子カルテ側から提供する.カラーのきれいな絵も良いが,シンプルな線画(ドローデータ)で,ユーザで書き替え可能な方が実用的である.既存のクリップアート集を購入するだけでなく,ユーザが作ったものをみんなで持ち寄るような運用面での工夫も重要である.クリップアートに矢印などを上書きできなければならない.また,タブレットが使えれば便利である.最近ではディジタルカメラ(テジカメ)が普及し画像入力用ツールとして期待できる.線画データでもいったん紙に書いてデジカメで入力するといったやり方が実用的かもしれない・
・アセスメントがどの場所にも自由に記入できる機能従来のかちかちのデータベースは,フォーマットを決めてしまうと,自由にコメントを入れたりは出来ない.脚注のようなものが書き込められると,便利である.