知る権利、知りたくない権利

−外科臨床の立場から−

 

○朔  元則, 佐伯 悦子
国立病院九州医療センター

 


 インフォームド・コンセント(説明と同意、以下ICと略)なる言葉が欧米からはいって来た時、「この概念は多民族国家で契約社会のアメリカにおいて必要なものであって、単一民族で情緒的連帯主義の日本では必要ない…」と考えていた医師が多かったのではないだろうか…。しかし最近の我が国の医療を取り巻く環境をみると、一昔前の「おまかせ医療」から「患者の知る権利と自己決定権に基づく医療」へと流れは完全に変わってきている。

 「医療は患者の納得と同意の上に立って行われるべきものである」という概念は基本的には全く正しいものであり、建前論としては口を差し挟む余地のない考え方であるが、悪性腫瘍を取り扱うことの多い外科臨床の場では多くの問題を含んでいる。即ちICを建前通りに行うのであれば癌の病名告知どころか、その予想される予後についても包み隠さず患者さんに説明してからでないと医療を行えないことになる。

しかし現実には「癌という病名を患者さん本人には絶対に知らせないで欲しい…」と要望される家族の方がたくさんおられるし、自身では病状の説明を聞きたくないと言われる患者さんも決して少なくはないのである。建前通りにICを行うべきか、癌の場合は一昔前と同じように病名を隠して嘘の説明を行うべきなのか、いま第一線の外科医達は大変迷っているのである。

 私達九州医療センターの外科では、数年前から入院予約時にアンケート用紙をお渡しし、入院までの間に患者さんと御家族の皆さんで、癌の告知に際してはどのように対処して欲しいかを協議していただくようにしている。アンケートの内容は以下のようなものである。

 

アンケートはこの4つの回答の中から自分の考えに最も近い答を○印で囲っていただく仕組みになっており、回答は患者さん御本人と御家族の両方からそれぞれ別途にいただくようにしている。病状説明を、その回答を参考にしながら行おうという試みである。

 昨年1年間に本院で手術を施行した胃癌の患者さん98名から得た回答は以下のようであった。即ち、患者さん御本人の回答では、

(1)の「すべてを知りたい」が圧倒的に多く61.2%、次が(2)の「絶望的なことは知りたくない」で全体の14.3%を占めていた。これに対し家族の回答では@が43.9%、Aが40.8%とほぼ同数となり、癌告知そのものを拒否された方も3.1%にみられた。

 またこれとは別に、平成10年7月1日から11月15日までの約4ヶ月間の当院外科病棟入院患者243名に対し、退院時に、本院で受けたICについての感想を聞かせていただいた。その結果は満足出来る説明を受けることが出来たと回答された方が全体の80%、説明が不満足であったと回答された方は8.5%であった。また病気の治療方針は最終的に自分で決めたと回答された方は57.6%、医師、家族等の他人の意見に従ったと回答された方は35.8%であった。

 近年、医療に対し情報開示を求める声は益々高まってきている。患者の知る権利を考える時、これは当然のことであろう。しかし「病気のことは知らないでいたい」と思うのも、また患者の正当な権利である。本シンポジウムでは第一線病院における外科臨床の立場からこの問題にスポットをあて論じてみたい。