石原照夫
東日本関東病院 呼吸器科・肺外科部長
1.はじめに
当院では新病院への移転に合わせ、2000年12月4日より電子診療録を中核とした新しい総合医療情報システムを導入した.図1はシステムの概要で、ほぼすべての医療業務をシステムに取り込み,紙で運用されているのは、表1に示すもののみである.現状でなしうる最大限のペーパーレスを達成できたと考えている。また、PACSもHIS・RISと連携させ、ほぼ完全なフィルムレスを実現している。病床数556床(新病院開院時は508床),一日平均外来患者数約2000人,病床稼働率91.4%(平成12年度),平均在院日数16.7日の規模の病院での,システムの運用状況を紹介する。
2.システムの開発体制
今回のシステム導入にあたっては,各部門が要求する機能の実現を優先し,最適なシステムを選定するという考えから,マルチベンダーによるシステムの構築が進められた.業務フローの整理,システム仕様の策定,既存システムの評価,ベンダーとの調整などシステム構築にあたっては多くのステップと時間が必要である.また、病院業務の効率化という視点から、システムの導入効果を最大限にあげるためには,業務の見直しも必要である。特に一般病院では,日常業務に多忙な医療スタッフ自身が、このような時間を捻出することはほとんど不可能と言えよう.今回のシステム構築にあたっては,この調整とシステム設計はNTT東日本法人営業本部医療プロジェクトが行った.中核システムのベンダーが決定してから、わずか1年半で,実際の運用に耐えうる総合医療情報システムを構築できた一番のポイントは,こうした開発体制にあったと考えている.
3.真性性の確保について
(1)指紋認証の採用
電子診療録・オーダリングシステムの中核システムでは、作成責任者の識別・認証に指紋認証を採用した.指紋の登録は左右一指ずつ行い,認証の困難な場合は指をかえての再登録を行うことにより,ほぼ満足すべき状況にある.また、職種により,大きく5つのレベルに分けて,入力,参照,更新,印刷の権限を設定している.
患者情報が限定されている部門システムではID・パスワードで認証を行っている.
(2)確定保存と追記・書き換え・消去
診療録には、医師・看護婦等による記録の他に、オーダ内容、処方内容、注射・処置の指示内容や実施記録が転記される。従って、患者の診療録を閉じる際には、記録内容の保存方法を選択するウィンドウが表示される。入力が完了し,記録を終了したい場合は「確定して保存」を選択し,入力が中途で,あとで記録を追加したい場合は「中断して保存」を選択する.診療録システムにログインした時,自らの責任で記録を中断した診療録がある場合は,その旨のアラームが表示される.また、外来診療では,この保存操作の際に診療の状態を診察済みにするのか(医事会計が可能になる),保留にするのかを選択する.
一度,確定保存された記録でも作成責任者本人および作成共同責任者による追記・書き換え・消去はいつでも可能である.この場合,最初に確定保存した作成責任者はヘッダーの部分に,追記や,書き換えした部分の責任者はバルーンで表示される(図2).
4.入力支援ツール
診療記録はPOMRに対応しているが,プロブレムを設定していなくても,SOAP形式での記録を原則としている.それぞれのカテゴリーには,テンプレート,定型文,シェーマの登録が可能である.これらは入力を簡便にするものであるが,疾患・病態別の標準的なテンプレートを用いれば,必要な情報の漏れのない,充実した記録作成を支援する(図3).
手術記録のように所見の記載にフリーハンドの図が必要な場合はペンタブレットによる入力も可能である(図4).
デスクトップ,ノートパソコンの他に,携帯端末を利用して,脈拍,血圧,呼吸数などのバイタルサインや観察項目などのベッドサイド情報を入力することができる.
5. 各種機能
(1)ケアフロー(図5)
従来の,体温表のイメージで,入院患者のケアの上で必要な情報が一覧表示される。表示形式は医師参照用、医師指示項目、看護側経過記録(看護診断、標準ケアの表示),検査結果(表示検査項目の選択が可能)のデフォルト表示が用意され,随時表示項目の追加ができる.また,この画面から検査のオーダ内容・結果・レポート,注射の指示・実施入力,処置の実施入力にリンクしている.
(2)診療録の時系列表示(SOAPフロー)
診療録の電子化にあたって問題とされる点として,入力法のほかに,記録の表示法があげられている.SOAPフローとは,横軸を時間に,縦軸の項目を疾患・病態毎に指定して記録内容を時系列に表示する機能である.項目としては,S/Oについてはテンプレートを用いて入力された内容,検査結果,注射・処方(指定された薬剤の投与量),処置内容などが表示される.ケアフローの外来版とも言えるもので,長期間の病態・治療の推移を把握するのに有用である.
(3)メッセージボックス(新着情報)
検体提出後数日経過して判明する検査結果や、読影レポートについては,結果が参照可能となった時点で、新着情報を示すメッセージボックスがその患者の診療録を開いた際に表示され,結果参照がすぐにできる.
(4)各種のサマリー機能
診療録に蓄積された情報を活用して,各種のサマリーを作成することができる.退院サマリー,転科サマリー,引継サマリー,任意サマリー,外来サマリー,入院時サマリー,術前サマリー,術後サマリーがある.退院サマリーについては,該当科部長の承認機能を持っている.
(5)病名登録
病名マスターには、MEDIS-DCの標準病名マスターに新規に334病名を追加して用いている。旧病院で使用していたシステムでもマスターによる病名登録を行っていたが、新マスターの採用にあたっては円滑に病名が移行されるように、また追加病名の必要性について,各科とヒアリングを繰り返しながら,十分に検討を行った.
病名の検索法には,標準病名マスターからの検索(先頭一致,ワイルドカード検索)のほかに、英字を含む略称検索用マスターからの検索(類語,同義語も表示される)、標準病名マスターから科毎に頻用される病名を抽出し、カテゴリー別に整理した科別マスターからの検索がある.
また,病名には修飾語,部位の付与,主病名・合併症病名の区分などが可能である.
(6)他科紹介・他病院紹介
院内の他科への診察等の依頼は、依頼先医師・診察の有無・日時の指定等が可能で,依頼内容はメッセージボックスに表示される。
他病院からの紹介情報については、初診受付で紹介元医師の情報を医事課職員が入力し、紹介状をスキャナーで取り込んでいる.これも患者のメッセージボックスに表示される.
(7)画像・レポート
画像は,PACSによる読影の他に,JPEG圧縮画像による参照も可能である(Web-PACS).その画像表示機能にはPACSのビューワと同様に,比較表示,自動コマ送りなどがある.
また,病理検査(組織診,細胞診),内視鏡検査,超音波検査,X線CT・MRI検査などは,報告書作成時に診断上キーとなる画像情報を貼布することが可能で,診療録・オーダリングシステムの各端末では,ウェブベースでレポート原本の参照ができる.
心電図,肺機能検査の波形情報もウェブベースでみることができる.
(8)クリティカル・パス
近年,標準的治療計画として注目されているクリティカル・パス(CP)も機能として備え,現在14のCPが登録されている.CPが適用された患者では,その患者の診療録が開かれると,まず,CPチャートが表示される.各種オーダと,検査結果の参照がチャートから可能で,日数の追加・削除,オーダのコピーが容易に行える.バリアンス登録は病院全体の共通コードによって行う.
(9)POMR
プロブレムは科毎に管理され,分離,統合,転帰によって,診療プロセスが一目で把握できるようになっている.
6.解決すべき課題
新システムの稼動から2ヵ月後に病棟小委員会が行ったアンケート調査では190余りの改善要望事項が寄せられた.その2/3はシステムの研修不足や運用の整理・徹底の不足に基づくものであった.これだけ大規模に診療業務をシステムに取り込むと,分かりやすい操作性は勿論であるが,診療の流れに沿った,運用面での整理事項も盛り込まれたマニュアルの作成が必要に思われる.
寄せられた改善要望を整理し,今後の展開をまとめると以下のようになる.
(1) ペーパーレス?
冒頭でも述べたように,医療業務のうち依頼・指示・報告に関係したものは完全にペーパーレスである.しかし,オーダの変更,ケアの内容の確認(処方,注射,処置など)等は端末のみでは困難と考え,紙ベースでの確認を行っている.具体的には,準夜勤務帯に,翌日の患者のワークシート(食事,検査,注射,処方,処置,日常生活動作の自立のレベルと方法等が記載されている)を打ち出し,それに基づいて,実際のケアが行われている.指示内容の変更も,変更内容を紙に打ち出し,口頭で担当の看護婦に伝達している.これら用紙は,最終的には廃棄されるものであるが,その量は決して少なくなく,プライバシーの観点から,十分な注意を払った管理が必要である.小型・軽量で操作の簡便な携帯端末を利用することが,この面でのペーパーレスを進めるためには必要と考えられるが,ソフト・ハード面での課題が少なくない.
(2) 同時入力規制
現在のシステムの仕様では,複数端末で,書き込み可能なモードで一人の患者の診療録を開くことはできない.救急重症患者の記録では記録,入力を後で行なうことが多く,医師,看護婦で記録,入力のタイミングが重なることが少なくない.また,手術記録のように長時間カルテを占有せざるを得ないこともある.パーツ毎に同時書き込みが可能,不可能を設定することも考えられるが,カルテへの転記の問題もあって,まだ整理されていない.
(3) POMRの活用
診療録の経過記録の部分には,医師による記載,ケアフローに記録できない看護婦による叙述的な内容の記載の他に,検査オーダ,注射・処方・処置の指示内容及び実施記録などが自動的に転記される.そのたび毎に確定保存されることになるので経過記録の履歴は入院期間が長くなるに従い,膨大なものになる.このようなケースでは,確定保存された一つの記録が一画面ずつに表示されるので,病状の全体像の把握に時間がかかる.
診療録の記録は,POMR対応になっているが,その活用はまだ不十分である.プロブレムの設定とそれを意識した記録を行えば,記録のある程度の整理がなされるのではないかと考えている.
(4) システム導入効果
担当医の備忘録としかとれない,読めない,読みづらい診療録ではなくなった.各種の情報も,リアルタイムに把握されるようにもなり,またいつでも,どこでも必要な情報が得られるメリットも大きい.
しかし,その記録内容が充実しているのか,医療チーム全体の診療録になっているのか,めざしていた「患者様の診療録」と言えるのか,今後の検証が必要である.また,医療の質が向上したのか,経営の合理化にどの程度寄与しているのか,システム導入に対する患者様の満足度,職員の満足度はどうかといった評価も必要と考えている.
これらの評価を行うためには,蓄積された情報の統計処理,分析を行うツールが必要である.現段階では,系統的に分析をすすめるツールは,用意されていない.電子カルテ導入の大きな目的を達成するためにも解決しなければならない課題と考えている.