1.はじめに
昭和大学横浜市北部病院は,横浜市の北東部,港北ニュータウン内に本年4月1日に開院した総病床数653床の総合病院である.港北ニュータウンは都心への交通も整備され,人口増加が著しい地域であるが,これに伴った医療機関の整備が遅れており,特に地域医療支援病院の整備を望む声は高く,横浜市の地域中核病院整備計画と昭和大学の病院整備建設計画が合意に達し北部病院は開院に至った.院内の医療情報システムは診療録電子保存を前提として,各種部門システムとの連携を密接にとったフルオーダリングシステムにより,極力院内情報の一元化が実現するように努めた.開院してまだ約1ヶ月の段階ではその評価は難しいが,準備段階から開院に至るまでの気付いた点などを中心に報告したい.
2.実装にむけての準備
医療情報システムの導入については約3年前より議論が開始された.当時はまだ診療録電子保存に関する通知がでる以前であったので,紙出力も考慮されたシステム構想であったが,平成11年の3局長通知を受けて紙出力はしない方針に切り替えた.またあわせて,放射線検査に関しても画面診断を基本としてフィルム出力はしない方針とした.現在院内にはカルテ庫,フィルム収納のスペースは一切存在しない.法的等により原本保存の必要性がある物に関しては別途保管しているが,診療録にはその書類がいつでも参照できるようにしている.ペーパーレスという言葉をよく耳にするが,解釈に差が出てくる事が多く,我々はこの言葉を好まない.患者さんに対しての誘導,家族に対しての説明,職員同士の連絡,確認等々において,紙媒体の方が優位性の高いメディアであると判断した場合に関しては積極的に紙出力を行っている.当院の目指す物は「ペーパーレス」ではなく「診療録電子保存」であり,その結果として「情報の一元化」からもたらされる「客観的な医療評価」の現場へのフィードバックであると考え,これに沿ったシステム構築を行ってきた.
1)各種ツールの機能に関するポリシー
基本設計から詳細設計に移り,具体的に画面イメージ等を検討しだしたのは約1年半前である.
各種オーダーツールの機能についてはオーダリングレベルと同等と捉えられやすいが,これは大きな間違いである.昨今の医療過誤のニュースを見れば,「医療行為実施時の確認」の甘さが大きな要因であることは論を待たない.複数の人間が確認をする事に運用上のルールとなっていても,実際には現場ではインシデントを含めて実際に事故が起こっている.我々はこの「医療行為実施時の確認」をいかにシステムがサポート出来るかを念頭に置いて,オーダー発生時からのデータの持ち方も含めて検討を行ってきた.つまりツールの機能は「使いやすさ」「入力の容易さ」だけでなく,そのデータが次にどのように伝わり,追加情報が加えられていく事が可能かを第一と考えた.
また,極力「あってもいいのではないか」という曖昧な根拠の機能は削除する事とした.医療の多様性故にいろいろと機能を追加したくなるのは利用者側の思う常ではあるが,結果的にはこのような曖昧な根拠から作られた機能はほとんど利用されない.「必然性の存在しない機能は必ず淘汰され,かえって混乱を招く」というのが今回のシステム構築に関して筆者が首尾一貫して主張してきた点である.
2)運用ルールの検討・周知
システムを構築する上で必要なのは運用ルールの決定,周知である.当院は全くの新規病院であったため,データ移行の苦労が無かったが,運用ルールを新規に構築しなければならないことには大きな課題となった.正式な職員としての発令は開院間際にならないと行われないため,昭和大学病院の各部門より代表者に招集をかけて検討を行ったが,自分が赴任するかもわからない段階では最後のつめが誰も出来ず,運用ルールは曖昧になってしまった.それ故システムの詳細は決め切れず,開院まであと半年あまりという段階でも機能FIXには至れずベンダーには大変な迷惑をかけてしまった.
既設医療機関が電子カルテシステムへ移行する際には,既に存在する運用ルールがあり,このような事態は避けられるかもしれないが,データ移行というこれまた重い課題を課されることになる.
当院の場合には後述するが結果的に開院時にも運用ルールが周知徹底されたとは言い難く,大きな反省点となった.
3)操作研修・リハーサル
各種ツールがほぼ使用できるようになった段階で赴任予定の職員に操作研修を行い,開院2ヶ月前よりリハーサルを計4回行った.結果的に言うと操作研修もリハーサルも全く回数が不足していた.操作研修に参加できない赴任予定者も多く,また操作研修プログラム実施時には決定されていない人事も大変多く,如何ともしがたい状態ではあったのは事実である.しかし,リハーサルは運用シミュレーションであり,具体的な人の動き,物の動き,伝達を実践しなければならないのだが,操作研修の延長になってしまう傾向は最後まで拭えなかった.結果として開院後に運用に関する周知不徹底が露呈する場面も見られたのは大きな反省点となった.
3.開院・本稼働後の問題
医療情報システムは機械物である故,システムダウンは当然起こりうる事と認識している.しかし医療自体にはダウンはなく1年365日,24時間活動は止まらない.それをサポートするためにはシステムダウンに関して最小限の影響で収まるような設計が必要であった.ネットワークの2重化,電子カルテサーバーの2重化は言うに及ばず,電子カルテ2系統ともダウンした時にも,リカバリーサーバーという別サーバーにより最低限の過去情報参照と診療ツールを提供することを可能とし,復旧後は速やかに本系サーバーにデータ移行されるように設計した.もっとも停電,ネットワーク2系統とも障害などの場合にはリカバリーサーバーも使用不能であり,この際には定型用紙に記載して診療するしかないが,頻度としては非常に少ない(はずである).起こりうるシステムダウンのほとんどの場合において,復旧後にデータの再入力を利用者に強いることなく運用していけるリカバリーサーバーは,今後電子カルテシステムを導入し診療録電子保存を行っていく上では必要な機能と考えている.また,前述したとおり職員の決定が遅れたこともあり,テンプレートや文書などのコンテンツ,診療材料マスターの追加整備が大きな課題となっている.特に処置に関するマスターは行為名,材料,薬剤等々非常に多岐にわたり,その充実にはまだまだ時間がかかると思われる.マスターDBの数だけでもオーダリングシステム導入医療機関とは比べ物にならない数であり,この整備が急務である.
4.今後の課題
今後の課題は,徐々に多くなっていく診療データの中でいかに診療支援システムとしての機能精度をあげていくか,そして現場の声を反映した機能追加,運用ルールの見直し及び徹底であると考えられる.また,診療データが蓄積されるに従って,その解析による現場へのフィードバックを考えなければならない.医療には地域性及び求められる社会性があり,その特色に基づいた運用及びシステム構築が要求される.つまり今後いかに医療情報システムが発展しようとも,全く同じシステムが異なる医療機関で稼働する事はあり得ない.我々のような地域中核病院,研究教育機関という側面を持った医療機関で構築した物も,昭和大学病院のような特定機能病院,研究教育機関には適合しないのは詳細設計等の段階で明らかであり,改めて医療の多様性に適合した医療情報システム構築の難しさを実感した.しかし,そのデータ格納の方法等をルール化されてきつつある今日では,診療情報の共有化は可能であり,一患者にとっての地域医療における診療データを一元管理される日はもう近い将来であろうと思われる.それ故それぞれの医療機関に適合したシステムが,それぞれの医療の質の向上につながる客観的データを提供しなければならず,我々医療を実践する者にとってはこの面での期待は大きい.