在宅医療・慢性疾患のための地域共有電子カルテシステム

 

高林克日己1)2) 武井孝達2)
1)松戸市医師会、2)松戸市立福祉医療センター東松戸病院 松戸市コンピュータサービス  


1 はじめに 

本システムは対象を特に在宅医療・慢性疾患に絞り、寝たきり老人など医師会の診療所で診療している患者が、急変時に後方支援病院に搬送されても情報がリアルタイムで支援病院にも共有できることを目標にしている。電子カルテとしていわゆるパッケージは使用せず、独自に開発した患者基本情報と、共有病歴画面を中心に構成されている。さらに市内の60近くの参加施設の中で、患者ごとに複数施設との共有・開示の原則と手法についてわれわれの提言を検証することを目的としている。

 

2 背景

在宅医療、とくに寝たきり老人在宅総合診療(在総診)は在宅の患者を訪問診療する医師と訪問看護ステーション、および救急時に支援する後方病院から構成される。これら三者はともに同一の患者を扱う、経営的に異なった医療施設である。情報交換は電話や手紙などで行われるが、従来これらのコミュニケーションは必ずしも十分ではなかった。とくに在宅患者の医療情報としては純粋な身体情報だけでなく、患者の疾患に対する認識の程度、informed consent、advance directive、尊厳死情報、告知内容、家族への説明など、社会的に重要かつ微妙な情報を多数必要としている。

このような関係は在宅医療に限らず、慢性難病、周産期医療、小児救急など多くの領域に共通の事柄である。申請者は昨年からこのような共有システムを終末期在宅医療において展開し、共有の成果と問題点を明らかにしてきた。しかしさらに大規模な運営には守秘や共有の方法について技術面、倫理面で考慮すべき多くの問題がある。

 

3 目的と目標

昨年試行したシステムを大幅に拡充し、在宅医療にあたる医師会医師と後方支援病院、訪問看護ステーションなど異なる診療機関、職種間を結ぶ仮想専用線のネットワークを構築し、共通の電子カルテを形成することで、相互の連携を深め、共同で同一患者を診る新しい医療システムの構築を目的とする。一方多数の施設の中から患者ごとに双方が認め合う共有を特定の施設に対して形成するシステムを構築する。そして不特定多数の診療機関が医療情報を共有するときに起こる問題を解決するために、認証システム、患者ごとの特定医療機関のみのアクセス制限システム、既存の共有カルテに新たな診療機関のアクセスを認可するシステムなどの導入を行い、複数の医療施設による新しい医療システムに対応する電子カルテの運用方法について検討する。

 

4 具体的な成果目標とその意義

  1. 診療録記載を主体とした、小規模医療施設における電子カルテシステムの開発
  2. 共有・非共有カルテを同一管理するマン・マシーンインターフェースの開発
  3. 共有認可システムの開発
    ICカードによる患者認証を介した共有認可システム
    医療施設間共有認可システム
    真正性を確保するためのタイムスタンプ、入力者認証システムとログ管理
    指紋認証システムの導入

    ・本システムの導入により複数の医療機関を越えた医療情報の共有が可能となる。これにより相互のより密接な医療連携が可能になり、一患者一カルテ、すなわち一人の患者を同一のカルテを用いて複数の医療者で診ることが可能になる。患者は市域のどの医療機関でも以前の情報を即時に入手できる診療者に接することができる。とくに在宅医療において、急変時に主治医不在でも患者を後方病院で診るときにきわめて有用である。

    ・多数施設の参加により、不特定多数の施設間での共有化における方法論、運用ルールを独自に開発して試行することでその蓋然性を検証する。さらに共有に関して実際に起こってくる新たな可能性、倫理的問題点を明らかにし、その解決法を検討する。このことは今後電子カルテの共有化を考える上で普遍的な問題である。

    ・たとえ施設間を結んでもそれらが実際の患者の動向に深く関係する医療施設間でなければ、連絡網を作る意味は薄れてしまう。本システムにおいては診療所と病院、また訪問看護ステーションとの病診連携という、実際の患者の日常の流れと最も関係の深い施設間の連携を基本としている。その上で病院間の病病連携を構築するという、現実に即した実際的なシステムにより、患者紹介など日常の診療にすぐ利用される可能性を有する。

    ・尊厳死条項などの事前指示(advance directive)など、患者意志の微妙な内容について、今までの経験を踏まえた独自の項目を採用して、地域的な意志統一を図ることができる。

    ・通常業務で用いている種々の書式を包含することで、従来長時間を要していた報告書の反復作成などの省力化を行う。

 

5 実験プロジェクトの全体像

 本システムは、松戸市内の参加医療機関に配布されるパソコンをクライアントとし、ネットワークセンターに置くサーバ間とをセキュリティを考慮した地域IP網経由の回線で結ぶ電子カルテシステムのASPサービスとして提供する。パソコンにはスキャナーが接続してあり、画像情報を取り込みセンターサーバーDBに格納できる様にする。また諸種書式を印刷するためのプリンタをもつ。公的病院においては院内各部署での入力・閲覧が可能なようにLANを構成しルータでサーバと結ぶ。また患者の認証用にICカードを各施設で発行する。サーバ側機器構成はデータベースサーバ・WEBサーバー・認証サーバ 装置から構成される。またこれらのサーバには無停電源装置バックアップテープ装置等が敷設される。

 
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6 複数施設間情報共有の方法

電子カルテ共有ロジックにおいては以下の点を考慮して構築する。すでに複数の医療機関の間で公開されたある患者データを、別の医療機関の求めに応じて公開するときにどのような認証が必要となるか、また他の医療機関の情報を開示できるのか、などを新たに提言する方法論で実践し検証する。これはICカードの利用と入力施設からの電子的認可の併用方法である。今回はある病院から他の病院に閲覧を認可するのに、ICカードなしでも認可、ICカードを患者が持参したときに認可、ICカードがあっても認可しないの3つの段階を、すべての対象病院別に決めることとした。これは医師により、システムからの情報の漏洩を危惧するものから、その利便性を重視するものまでさまざまであり、それぞれに対応する方法を与える必要があったためである。基本的には直接接続したいと考える相手だけに見せようとする方法から開始するが、すべての施設と共有することも可能である。またICカードの存在はその情報を他施設にみせてよいかどうかの選択に患者の意志を反映しようとするものでもある。以下に共有イメージを図で示す。


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7 実験プロジェクトの規模

昨年来活動している在宅終末期医療支援システムの参加者(東松戸病院と医師会在宅ケア委員4名)をもとに、医師会から募った参加者、施設で構成される。基本的には松戸市医師会在宅ケア委員25名が中心となり、さらに参加を希望する医師会員を加えた診療所施設と、松戸市立病院、東松戸病院を含めた二次救急の指定病院を中心とした松戸市の中核病院、市内の訪問看護ステーション、老健施設などが参加する大規模なシステムである。システム的な運用分類をすると松戸市立病院、東松戸病院のLAN接続を行う2病院と単独運用を行う58病院に分類できる。

 

8 実験環境及び実験環境構築作業スケジュール

参加される施設の中で、在宅医療を中心に特に本システムに参加される患者を募り、同意を取った上で各医師からの登録、ICカードの作成を行い、診療の中で共有の設定と変更、診療録の記載を行う。この間定期的に実行委員会を開催し、共有方法の妥当性、開示方法について検討していく。運用操作作成説明書を実行委員会と外注企業で9月までに作成する。試行期間(10月)に若干名の患者を実際に登録、共有してシステムが稼動できることを確認する。実際に稼動する運用実験を12月から2月まで行う。参加者は電子カルテに関与するすべての医療者、および同意して登録した患者、またはその家族である。

実証実験の参加医療機関については、LAN接続の2病院(市立病院、東松戸病院)他単独稼動の1病院の計3施設で行う。