情報共有型電子カルテによる
熊本地域健康福祉オープンネットワーク

(ひご・メド)

吉原 博幸
熊本大学医学部附属病院


1 背景

 本事業は、平成12年度先進的情報技術活用型医療機関等ネットワーク化推進事業として経済産業省が公募したプロジェクトの一環として開発され、実証実験を行った。ごく近い将来の地域医療を支えるインフラとしての事業化が目標である。医療業務は、自覚症・身体的所見・検査所見等の各種情報を収集解析して疾病を診断し、疾病・治療情報に裏付けされた治療へと結びつけていくという、情報の価値が高い業務である。にもかかわらず、医療業界におけるIT化は、残念ながら極めて遅れており、大規模病院ではオーダリングシステムや電子カルテが導入されているところも散見されるが、一般的に使用されている情報機器はレセプトコンピュータのみと言っても過言ではない。こうした遅れは医療の革新にとって、どうしても乗り越えなければならないハードルになりつつある。今後電子カルテを含む情報技術・機器の導入無しに、こうした状況を打破するのは困難であるが、それらを、単独の医療機関で開発できる財政的基盤は乏しく、多数の医療機関が合同でその開発・運用に当たるべきと考えられる。多様な電子カルテが相互接続可能な地域医療情報基盤実現し、そこに蓄えられた診療情報を共同で利用できる様にすることで、容易かつ安価に医療情報を取り扱うことが可能である。本事業の特徴をあらわすキーワードとては「地域医療連携」「医療情報の共有」「患者サービスの向上」「インフォームドコンセント」「EBM」「XMLによるオープンシステム」などがあげられる。



2 目的

本事業は、IT技術の革新及びインターネットの爆発的な普及を受けて、課題である診療所・小規模病院のIT化及びこれに伴う医療サービスの向上を目的に実施する。本システム開発の目標を以下に示す。

1) 小規模医療機関(診療所)用電子カルテシステムの開発・提供
2) ネットワークによるカルテデータの共有
3) きめの細かい患者サービス・インフォームドコンセントの実現
4) 将来を見越した標準技術、オープンソースの採用

以上の目標を実現するため、本プロジェクトは、共同利用型医療情報データベースを運用する機関を立ち上げ、主として次のようなサービスを提供する。

(1) 小規模医療機関に対する電子カルテサービス
(2) 地域医療機関で共同利用する電子カルテデータベースの構築
(3) 共同の電子カルテデータベースを利用した医療データ相互参照
(4) 小規模医療機関に対する医事計算システム提供(将来)
(5) 電子カルテデータの真正性証明サービス及び患者個人情報を保護するセキュリティの実現
(6) カルテデータのバックアップサービス
(7) 大規模データ集積を利用したEBM確立(将来構想)、経営分析(ベンチマーク分析)
(8) 患者さんへの診察結果や一般の健康福祉情報等の配信サービス(インフォームドコンセント)



3 開発システムの概要と特徴

3.1 Dolphin Project(ドルフィンプロジェクト)

 本推進事業がアナウンスされ、かねてから暖めていた地域医療情報ASP構想を具体化し、宮崎、熊本両地域から各々申請を行い、幸いにも両者共に採用された。もともと双児の兄弟のような両プロジェクトであるので、地域ASPセンター、クリニック用電子カルテなどは共通利用が可能である。そこで、予算の有効利用の点からも、共通利用可能なシステムに関しては共同開発を行うこととなり、熊本、宮崎両地域共同開発によるDolphin Projectとしてスタートした。このプロジェクトは、あくまでも開発の為の時限プロジェクトであり、開発、実証実験終了とともに解散。以後、各々の地域プロジェクトに追加開発、運営は引き継がれる。地域プロジェクトは、事業化を目指して各々努力することとなる。

3.2  開発の概要

【医療情報共有のしくみ】
 センターの電子カルテサーバーに蓄積された医療情報(カルテデータ、検査データ、紹介状、報告書など)を厳密なセキュリティコントロールの元に共有する。医療従事者は、診療契約関係にある患者のカルテ情報、検査結果などを医療機関を越えて一元的に閲覧することが可能である。これにより、病病、病診連携を実現する。患者は、自身のカルテ内容を自宅などから閲覧し、症状などを患者の立場から自分自身のカルテに記入(記録)する事も可能である。地域における1患者1カルテの仕組み共に、 患者が自分でカルテを書く仕組みは、おそらく世界でも類を見ないものであろう。

【地域医療情報センター(ASP)の設置】
 情報共有を実現するために、地域医療情報センター(ASP)を設置した。具体的には(実証実験中は)熊本大学医学部附属病院医療情報部のコンピュータセンターに設置することとなった。センターに電子カルテサーバーを配置し、これにクリニック、大規模医療機関、検査センター、患者などが接続。カルテ内容、検査結果、紹介状、退院時サマリ、医事情報(将来)などを送り、蓄積する。これらの情報は、地域での医療情報共有に利用するほか、各医療機関の診療情報のバックアップ、改ざん防止証明の為の真正性証明サーバ、将来は医事業務のセンター化事業としても利用される。


図3-1 システム概要図


【電子カルテの開発】
 本プロジェクトの為にクリニック用電子カルテ(開発コード名"Dolphin")を開発した。データベースサーバはLinux環境で動作するOpenLDAP、クライアントはWindows環境で動作するJAVAベースアプリケーション。クライアントはMac OS X上でも動作する予定で、これについてはMac OS XのJAVA環境の整備待ち状態である。
 電子カルテDolphinの有する機能は、カルテの記載、オーダー(処方、検査など)、予約、病名付与、紹介状作成、センターのカルテ情報の表示、自動バージョンアップ機能などである。この「自動バージョンアップ機能」は、次年度以降の事業化を前提に、出来るだけ管理運営コストを下げ、迅速なユーザーサービスを実現する為に開発されたもので、ユーザーがWebを介してセンターにアクセスするだけで最新のバージョンへのアップデートが可能である。
 電子カルテDolphinは、センターサーバと無関係に稼動することも可能で、クリニックに閉じた独立した電子カルテとしても使うことが出来る。

【日医総研レセコン(ORCA: オルカ)とDolphinの連携】
 Dolphinには医事処理機能(レセコン)を開発しない方針を採用した。後述するXML規格(CLAIM)を使って、多様なレセコンとの接続を実現することで、ユーザーの希望に添った組み合わせの電子カルテシステムを構築可能にすることが目的である。本年度事業では、レセコンとしてはORCAと組み合わせて運用することとした。そこで、ORCAチームとの協調作業で、ORCA側にXMLインターフェイスを装備し、CLAIMの入出力機能を付加した。CRCAからDolphinには患者受付情報がCLAIMフォーマットで送信され、Dolphin からは処方などのオーダーデータがCLAIMフォーマットでORCAに自動転送され、料金計算、レセプトの月次処理などが行われる。ORCA側では、患者受け付け処理などを除き、オーダーデータの入力オペレーションがほとんど不要となった。


4  開発

 今回開発するすべてのサブシステムは、XMLインターフェイスを装備し、互いにオープンで独立した関係を保つように設計された。これは、密結合(=特殊な結合)による、システムの排他性をなくし、近い将来、様々な電子カルテがこのプロジェクトに参入することを可能にするための配慮である(オープンインターフェイスアーキテクチャ)。つまり、このプロジェクトで使われる電子カルテは、当初はDolphinだけであるが、ユーザーが増えるにつれて他の電子カルテの接続を可能とした点が特筆される。
 また、医事システムは当初はORCAが使われるが、市販の他の医事システムもXMLインターフェイスを装備すれば接続が可能となる。あたかもステレオ装置のように、ユーザーの好みのコンポーネントを組み合わせて電子カルテシステムを構築し、地域医療連携が可能になる。

【クリニック用電子カルテDolphin】
(株)ディジタルグローブを中心に開発された。
サーバはLinux上で稼働するOpenLDAP、クライアントはWindows上で稼働するJAVAベースのアプリケーション。機能はカルテの記載、オーダー(処方、検査など)、予約、病名付与、紹介状作成、センターのカルテ情報の表示、自動バージョンアップ機能などである。
 診療録データはクリニックに設置されたローカルサーバに蓄えられるが、そのコピーがXML(MML)に変換され、センターサーバに送られる。また、Dolphinで発行されたオーダーはXML(CLAIM)データとしてレセコン(ORCA)に送られ、医事処理が行われる。レセコン(ORCA)からは、患者基本情報、受付情報などが、XML(CLAIM)で送られ、Dolphinに取り込まれる。
 Dolphinは、自施設のカルテを参照するだけでなく、センターにアクセスして他施設で書かれた患者のカルテを参照することも出来る。ただし、アクセスは自施設を受診した患者さんのデータに限られ、関係のない患者のカルテを参照することは出来ない。これらの機能により、プライバシーを確保した上で、1患者1カルテが地域で実現することになり、重複処方防止、多重検査の防止も可能となり、診療上、大変役に立つシステムとなるであろう。
 電子カルテDolphinは、アプリケーションや各種のマスター類で構成されるが、例えばバージョンアップやマスターの改定などがあった場合、センターから自動的に更新され、煩わしいアップグレード作業などを意識しないで良い様に設計されている。


図4-1 Dolphinシェーマ画面


カルテ記載用のスタンプ(右)が豊富に準備され、処方、検査、図(テンプレート)などが利用出来る。図は、シェーマをもとに、簡単なスケッチを記録している画面。

図4-2 Dolphin保険選択画面


ORCAで受け付け処理をされた患者さんのリスト(受診者リスト)を見ながら、カルテを開いたところ。イベントが時系列で見やすく表現されている。


【センターサーバーシステム(データベース)】
 (株)日本ダイナシステムによって開発された。
データベースエンジンにはCache(M言語)を採用した。システムはXML(MML)インターフェイスを持ち、以下のデータを受け取り、データベースに格納する。

1) クリニック電子カルテ(Dolphin):電子カルテデータ
2) 検査センター:検査結果
3) 放射線画像診断センター:画像診断レポート
4) 地域基幹病院:退院時サマリ、電子カルテデータ

受け取ったXMLデータを解析してデータベースに取り込み、検索要求に応じて再度XML(MML)に変換して返送する。

【センターサーバーシステム(HTTPインターフェイス)】
 (株)富士通南九州システムエンジニアリングによって開発された。
通常、カルテデータは、一旦電子カルテなどに収められた後、電子カルテなどのアプリケーションで参照することになっているが、電子カルテなどのシステムを持たないユーザー(主として患者など)のために、手持ちのWebブラウザ(インターネットエクスプローラ、ネットスケープなど)でのアクセスを可能とする目的で、HTTPインターフェイスを装備した。患者や、電子カルテシステムを持たない医療機関は、自宅や病院のパソコンから、ホームページを見る感覚で、電子カルテにアクセスが可能である。 ただし、センターから発行された電子認証ファイルをブラウザに設定することが前提条件で、さらにセンター発行の利用者ID番号とパスワードを入力して初めてカルテにアクセスできる様設計されている。

【セキュリティコントロールシステム】
(株)富士通南九州システムエンジニアリングによって開発された。
ユーザー認証、ネットワーク暗号化、アクセス制御などの組み合わせで、個人情報である診療情報を安全で適切に取り扱うシステムである。
図のように、センターにアクセスする際、電子認証ファイルによる認証と、ユーザー認証(ID、パスワード)を行い、経路はSSL, VPNで暗号化し、盗聴不可能とした。また、カルテを構成する情報単位(病名、検査結果、各種報告、経過記録などの文書を構成するモジュール)ごとにアクセス権を設定し、個人情報を厳格に守っている。この結果、例えば患者AがX医院に通院している場合、患者Aのカルテを見ることができるのは患者本人とX医院の職員のみということになりる。その後、患者AがY医院を受診した場合は、X医院で作られたカルテも含めてY医院の職員は患者Aのカルテが閲覧出来る。また、カルテを作成した際、作成したページ(一回のカルテ)ごとに「他の病院の閲覧を許す」「患者の閲覧を許す」の様なきめの細かいアクセス権の設定を可能としている。このように、厳格に診療契約関係にあるかどうかを管理しつつも、地域で統合された個人のカルテが実現された(1患者1地域1カルテ)。



5  実証実験の概要

 前述のシステムを開発し、実証実験を行った。実験には、リスト(後述)に示したように、クリニック14施設、大型医療機関3施設、検査機関等3施設が参加した。

5.1 電子カルテセンターの運用
 センターでは、各種サーバの運用の他、利用者登録、秘密鍵の発行などを行った。センター機能としては、電子カルテデータの保存と配信、セキュリティ機能、データのバックアップ機能、ポータルサイト機能、Web電子カルテ機能などがあるが、当初の設計通り順調に機能し、特別な問題は発生しなかった。今後、大きな機能的な設計変更はないと考えているが、セキュリティコントロール機能に対する負荷が大きく、レスポンスの更なる高速化が今後の課題であると思われる。

5.2 電子カルテDolphinとレセコンORCA
 クリニックでは電子カルテDolphinとレセコンORCAを使い、承諾を得た患者様のデータを入力。ORCAでの計算結果と、現在使用中の他のメーカーのレセコンでの計算結果の比較なども検証した。結果は一致し、本質的な問題はなかった。
 Dolphinでは、カルテの記載機能、オーダー発行機能、レセコン連携機能、センターとの通信機能など、当初の設計通りに稼働した。特に、レセコンとの連携は実務上大変重要な意味を持つが、これもほぼ実用レベルに達しており、今後1年の延長実験期間にレベルアップを図る予定である。現在、特に大きな問題は生じていないが、アンケートの結果によると、地域連携サーバの参照時や処方、検査などのオーダーの際などのレスポンス、オーダーの部品などの使い勝手などに改良の余地が多々あることが判明した。

5.3 連携医療・カルテ開示
 Dolphinプロジェクトの最大の特徴は、カルテデータの共有である。システムは、電子カルテを使った統合カルテの参照、Webを使った統合カルテの参照など、画期的な機能を有する。アンケートによると、実証実験前と実験後では、その有用性に関する認識が10ポイント以上上昇しており、実際に使ってみると、その便利さ、意義の深さが認識されたと思われる。また、患者さんからの感想によると、自分、あるいは家族(子供)などの診察結果や検査結果が当日に自宅から参照出来た点について、想像を超えた利便性を実感し、感動的でさえあった、との報告が寄せられている。

医療機関名

代表者

クリニック(14ケ所)

宮本外科胃腸科医院

宮本 大典

おおゆみクリニック

大弓 政雄

医療法人 社団下田会 下田内科クリニック

下田 光一郎

はくざん胃腸科循環器科クリニック

井手上 邦雄

田島医院

田島 和周

千年内科小児科医院

千年 正美

砥上内科胃腸科医院

砥上 幸一郎

医療法人 ウッドメッド会 森永上野胃・腸・肛門科

森永 博史

長野皮膚科・形成外科医院

長野 博章

福間レディースクリニック

福間 啓造

佐田外科内科医院

佐田 英信

医療法人社団清泉会 井内科クリニック

井 重博

医療法人秋康会さとうクリニック

佐藤 信之

土井医院

土井 理

大型医療機関(3ケ所)

済生会熊本病院

須古 博信

NTT西日本九州病院

伊勢 紘平

熊本大学医学部附属病院

生塩 之敬

検査センター等(3ケ所)

財団法人 化学及血清療法研究所  臨床検査センター

内野 矜自

熊本大学医学部附属病院臨床検査部

生塩 之敬

熊本大学医学部附属病院放射線部

生塩 之敬

表5-1実証実験参加医療機関表



6  運用と実用化方針

熊本地域ドルフィンプロジェクトの実証実験は、平成14年1月で終了した。アンケートおよびヒアリングの結果、当初目標のレベルに十分達していることがわかった。また、今後、実システムとして通常の業務に十分使えるという感触を得たので、平成14年2月以降も継続して運用することとなった。

6.1 運用方法

(1)センター
カルテデータの蓄積と交換の為のシステムを継続して運用することはもちろんであるが、ポータルサイト「ひご・メド」のコンテンツ等を、参加医療機関の協力を得ながら作成する。また、患者さんに利用者となっていただくよう、ポータルサイトの宣伝に努める。利用者登録業務の他、講習会など、一般ユーザーの教育も大変重要な業務である。

(2) クリニック
継続して電子カルテを利用してもらい、定期的にシステムの改善点などについての意見を聴取する。これを元に、システムのブラッシュアップを行い、実用に耐えるレベルまで機能を高める。


6.2 実用化計画

(1) 電子カルテDolphin
前項で述べたように、現在の14診療所での継続使用の過程で蓄積するノウハウ、改善要求などを元に、現行プログラムのブラッシュアップを行う。予定では、平成14年度一杯で実用バージョンまでシステムの完成度を高め、平成15年度からは有償のシステムとして運用を開始する予定。

(2) 医事システムORCA
現在、電子カルテDolphinとの接続が簡易型(シングルスレッド)であり、パフォーマンスに問題を残しているので、これを平成14年度の前半で高速、マルチスレッド型に変更する。また、この時点ではORCAはバージョン1までその完成度を高めているので、Dolphinのブラッシュアップと相まって、十二分に実用に耐えるシステムが完成する予定である。

(3) その他の電子カルテ
本プロジェクトでは、多様なシステムの相互接続性を高めるためにXML(MML/CLAIM)を採用した。このメリットを生かして、Dolphin以外の電子カルテも本プロジェクトに採用する。現在、電子カルテwineがORCAとの接続に成功しており、平成14年度上期にセンターシステムとの接続も可能になる予定である。

(4) センターシステム
基本的には、現バージョンで実用上問題はないが、セキュリティシステムのパフォーマンスの向上、Web電子カルテのデザイン(使い勝手)の向上などが今後の課題となろう。

(5) センター業務
利用者登録業務、ユーザー(クリニック、患者)の技術サポート、定期的なヒアリング、講習会等の利用者教育、患者教育、慢性疾患用の医学アンケートなど、各種のテンプレート作成など、全般的なサポート業務が必須となる。